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From 2005/04/01

3.地質原理への挑戦

前項でも少し述べたように,“Channeled Scabland”の成因は,地質学における根本原理とも深く関わったレベルで議論されてきた.その傾向は現在においてもなお続いている.

「現在は過去の鍵である」という言葉に表されているように,戻って確かめようのない過去を長い時間スケールにわたって扱う地質学においては,過去に起こった現象は現在起こっている現象で説明できる,という“斉一原理”が根本にすえられてきた.確かに,現象を支配する物理・化学・生物学的法則は,いつの時代でも等しく働いていたと仮定して,それを根本原理とすることは間違っていないし,地質学を科学たらしめている重要な要素でもある(“methodlogic uniformitarianism”).しかし,現象の規模や変化の速度についても,我々が日常的に経験できる範囲で“漸進的”に起こってきたと考えること(“substantive uniformitarianism”)は,この原理の誤った用いかたである.ところが,そうは頭で理解していても,地質学が人間の営みの一つである以上,想像を絶する激変を理解することはなかなか容易なことではなく,地質学上の様々な激変説は,“漸進的”な現象へと矮小化しようとする批判に常にさらされる傾向があることは否めない.

1925年と1927年に発表されたBretzの激変説は,“漸進的斉一主義”が幅をきかせていた当時の地質学会において,なかなか受け入れられなかったのはいうまでもない.特に,当時の地質学会の大御所といわれたR.F. Flintが,1938年に,漸進的なプロセスでChanneled Scablandの地形や地質を説明する論文(Geological Society of America Bulletin, 49)を60ページ以上にわたって発表したことにより,Bretzの説はほとんど否定されたも同然という雰囲気になった.

先にも述べたように,1940年代に“Missoula Floods”説が登場することにより,Bretzの激変説を見直す動きが起こり始める.Bretzの説がようやく市民権を得ることになっったのは,それから四半世紀を経た1965年に,VII-INQUA国際会議の検証巡検の一行によってScablandの調査が行われてから後のことである.Bretz(1969)の文末には,巡検を終えた調査団から彼宛に“...we are now all catastrophists...”という電報が届いたことが記されており,彼の復権を示す歴史的な逸話としても知られている.その時,彼はすでに87歳になっていた.10年後の1979年には,アメリカ地質学会からBretzに,最高の栄誉とされるPenroseメダルが授与されている.また,Bretzの復権に関しては,現在アリゾナ大学教授のV.R. Baker氏功績も大きいものと思われる.特に,Baker & Bunker(1985)やBaker(1987)では,Bretzがとってきた地質学に対する科学的姿勢は,一貫して“methodlogic uniformitarianism”の原則に従っていたものであったことが強調されている.また,Bretz自身がBaker宛の私信で述べた以下の言葉も紹介されている.

“I have always used Chamberlin's method of multiple working hypotheses. I applied Occam's Razor to select the most appropriate hypothesis, but always with due regard for possible dull places in the tool.” (Occam's Razorとは,無用な複雑化を避け,最も簡潔な理論を採るべきだとする原則のこと.Low of Parsimonyとも呼ばれる:スコラ哲学).

近年では,隕石の衝突が環境の激変を引き起こしたことが恐竜の絶滅を招いたと考えられているように,突発的で大規模な激変が,地球の歴史においてある程度の頻度で発生していた,と考えることが普通に受け入れられるようになってきた.米国の地質学の講義では,ハットンやライエル以来の斉一説が崩れたこと(正確に言えば,誤って理解されていた部分が修正された,あるいはCatastrophist と Gradualistの対立の歴史)を示す好例として,“Channeled Scabland”や“Spokane Foods”の逸話が紹介されることが多いようだ.

また,キリスト教徒が多い欧米においては,いわゆる“ノアの洪水伝説”とも関連して“科学”と“神の創造”との対立の命題で“Channeled Scabland”の成因が議論されることが多い.日本では“Channeled Scabland”の話題はまだあまり知られていないようで,この手の議論に登場している例を聞かないが,科学者のはしくれとしてこのようなテーマを紹介する際には,なにかと気を使わなければならない点であろうと思う.逆に,“Spokane Floods”説にまつわる近代地質学的議論が,“洪水地質学”と呼ばれる創造論の主張とどのように違うかということを明らかにすることは,科学哲学の命題としても,“Spokane Floods”説の議論を整理する意味でも,非常に興味深いテーマである.

ついには“漸進的斉一主義者”たちの理解を勝ち取ったBretzであるが,彼の死後の進展を追っているうちに,その勝利が本物であったのかどうか疑わしい面も出てきた.このことについては,次節以降で近年の進展を振り返った後に,再度触れることにしたい.

地形学においては,Schumm (1985: 地形, 6)に,地形の説明的記載に関する基本原則について7つの提案がなされているし,Yatsu(1992: 地形, 13)には,“To make geomorphology more scientific”という論文があるので,それらも参照されたい.また,Baker (1988: Geol.Soc. Ame. Bull., 100) には,“Geological fluvial geomorphology”という論文があり,さらには,“The Scientific Nature of Geomorphology”. Bruce L. Rhoads and Colin E. Thorn. John Wiley & Sons, 1996,という優れた論文集もある(特に第3章は必読).

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