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From 2005/04/01

2.Spokane Floods説とGlacial Lake Missoula


Grand CouleeにあるDry Falls.ナイアガラの滝の幅5倍・高さ2.5倍の規模を誇る.
Bretzの考えでは,この滝は洪水の間の僅か数週間で形成されたという.


Dry Fallsの展望台にあるBretzの記念碑
“Channeled Scabland”が広がるColumbia Plateauの地形的特徴やその侵食プロセスについては,1880年代から議論されてきた(Baker & Bunker, 1985: QSR, 4).本稿では,“Channeled Scabland”の命名者である J Harlan Bretz(1882-1981)によって提唱された,カタストロフィックな洪水イベントによって“Channeled Scabland”が一気に形成された,という仮説とそれ以降の進展について取り上げる.

1923年,Bretzは学会での口頭発表で,ワシントン州東部に分布する水流地形について報告し(Geological Society of America Bulletin, 34),1925年にはその地形を形成した水流が突発的な大洪水だったとする“Spokane Floods”説を提唱する(J.Geology, 33).続いて1927年にGeological Society of Washington D.C.に招待されて行った講演でこの仮説を披露した(Washington Academy of Science Journal, 17).この講演はアメリカ地質学会にセンセーションを巻き起こし,その後“Spokane Floods”説は多数の批判をあびることになる.Bretzはその後の一連の論文で,洪水の地質・地形学的根拠を次々と提示して批判に応えていったが,なかなか受け入れられなかった.彼の説が認知されるには,その後の40年近い年月を待たねばならない.

Bretzは,水源についてはっきりと言及しなかったため,“Spokane Floods”説の弱点の一つとなっていた.ここで“Glacial Lake Missoula”が登場する.“Glacial Lake Missoula”とは,最新氷期末期に北のCordillera氷床から伸びてきたPurcellローブがClark Fork Riverをせき止めたことによって,Missoula周辺にできていた氷河湖で.現在は存在しないその氷河湖は,Bretzの“Spokane Floods”説の発表に先立つ1920年には,すでに命名者の Joseph Thomas Pardee(1871-1960)によって明らかにされていた( J.Geology, 18).しかし,“Spokane Floods”説と“Glacial Lake Missoula”の両者に精通していて,それらをを結びつけようとする人はなかなか現れなかったのである.


このアニメーションは,排水後のMissoula湖が干上がっていないので,正確に現象を表現していないが,イメージをつかむには良いだろう.
最終的には,“Glacial Lake Missoula”が“Spokane Floods”の水源として結びつき,“Channeled Scabland”を侵食した水流が“Glacial Lake Missoula”起源であったというストーリ−が定説となる.これに伴い,現在では,“Spokane Floods”“Missoula Floods”と呼ぶことのほうが一般的となっている.実は,この両者の違いは“Channeled Scabland”の形成ストーリ−を考える上で重要な意味を含んでおり,以下の記述において“Spokane Floods”“Missoula Floods”とを使い分けているので,その点に留意していただきたい.なお,最新氷期頃の北米大陸には他にも巨大洪水を起こしたことが判明している湖があった.Younger Dryasの原因となった(Broeker et al. 1989: Nature, 341 ) とも言われるLake Agassizや,Great Solt Lakeの原型であるLake Bonnevilleなどがそれである.近年では,これらの巨大洪水が最新氷期に発生したことを重視して,Ice-age Floodsと総称することも一般的になっている.

なお完新世には,地中海から黒海にかけてで7,600年前の大洪水の痕跡が発見され,聖書に出てくる大洪水の起源となったのではないかという仮説もWilliam RyanとWalter Pitmanによって提出されている(1997: Marine Geology,138,単行本もあり).

そもそも,“Spokane Floods”説“Missoula Floods”説へと変貌した経緯は定かではないらしい.Bretzは,1925年にPardeeから“Spokane Floods”の水源が“Glacial Lake Missoula”であることを示唆する書簡を受け取っていたらしく,これが1925年の“Spokane Floods”説の発表の契機になった可能性が指摘されている(*).しかし1925年の論文および1927年の講演では水源については明言していない.日記や会話などの個人的記録から,Bretzは1928年にはすでに“Glacial Lake Missoula”を水源の候補として検討していたと考えられている.ところが,1929年にHarding (Science, 69)が,Bretzが“Glacial Lake Missoula”に注目しているということを彼に無断で紹介してしまった.そのため1930年に,Bretz自身から“Glacial Lake Missoula”について口頭発表することになる.これがBretz自身が最初に“Glacial Lake Missoula”について公に言及したものになる.しかしその発表のプロシーディングス(Geological Society of America Bulletin, 41)を読む限りでは“Glacial Lake Missoula”を水源とする考えを積極的に主張している訳ではない.最終的にBretzが原著論文の中で“Glacial Lake Missoula”を水源の可能性として指摘するのは1956年になってからである(Geol. Soc. Ame. Bull., 67).しかし,彼の激変説が受け入れられるようになった後では,カスケード山脈北部やOkanaganの谷などにも水源があった可能性を示唆する記述をしており(Bretz,1969: J. Geology, 77),最後まで“Channeled Scabland”と“Glacial Lake Missoula”とを一義的に結びつけることに慎重な姿勢をとっていたことがうかがえる.

一方のPardeeは,1927年のBretzの“Spokane Floods”説の講演の際,発表後の討論が交わされている最中に,“I know where Bretz's flood came from”と囁いたという逸話が残っている.しかし,USGSの上司からその危険な考えを思いとどまるよう忠告され,しばらく“Spokane Floods”説に対して沈黙することになる.1940年と1942年になってようやく,Pardeeは,巨大リップルマークや巨大礫洲の痕跡から“Glacial Lake Missoula”に異常な水流現象があったとの見解を発表する.これらの論文が,“Missoula Floods”説はPardeeによるものであるとする現在の見方の根拠となっている.しかし,功績をBretzに譲ろうとしたのか,Pardee自身も“Glacial Lake Missoula”と“Channeled Scabland”との関連性を明記しているわけではない.

つまり,“Glacial Lake Missoula”と“Spokane Floods”のどちらの生みの親にしても,両者を結びつけることに慎重だったということになる.むしろ,皮肉な見方をすれば,“Missoula Floods”説は,学会の大勢を占める保守的な科学者達によって生み出されたものであるともいえる.Bretzの激変説を受け入れざるを得なかった漸進主義者たちにとっては,より一般的な地質学的根拠に基づいて“Glacial Lake Missoula”を認識することに安堵感に近いものを感じていたであろう.そう考えると,ことさらPardeeが水源はここだ!と主張しなくても“Spokane Floods”説が“Missoula Floods”説として定着することは,ある程度自然な成り行きだったのではないかと思えてくるのである.という訳で,私は,Bretzの考えが受け入れられるには,“Spokane Floods”説が“Missoula Floods”説となる必要があった,と考えている.

(*)Bretzと Pardeeの関係にまつわる“Spokane Floods”説の経緯についてはGeological Society of AmericaGSA Todayの記事(PDF)やUSGS のCascades Volcano Observatoryに詳しく解説されている.

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